東京地方裁判所 昭和57年(特わ)3270号 判決 1983年2月17日
(被告人の表示)
(一)本店所在地
東京都葛飾区新宿四丁目七番一七号
株式会社アミー中村
(右代表者代表取締役中村良三)
(二)本籍
東京都葛飾区金町一丁目六番
住居
同区金町一丁目六番一
東建金町マンション二一九号
会社役員
中村良三
昭和一四年一月一一日生
主文
1 被告人株式会社アミー中村を罰金一二〇〇万円に、被告人中村良三を懲役一〇月にそれぞれ処する。
2 被告人中村良三に対し、この裁判確定の日から二年間その刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人株式会社アミー中村(以下「被告会社」という。)は、頭書所在地に本店を置き、婦人用セーター、スーツなどの卸売り等を目的とする資本金三〇〇万円の株式会社であり、被告人中村良三(以下「被告人」という。)は、被告会社の代表取締役として同社の業務全般を統括しているものであるが、被告人は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、売上の一部を除外するなどの方法により所得を秘匿したうえ、
第一 昭和五三年七月二一日から同五四年七月二〇日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が三七〇一万九四九四円(別紙(一)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、確定申告書提出期限の延長処分による申告書提出期限内である同五四年一〇月五日、東京都葛飾区立石六丁目一番三号所在の所轄葛飾税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が九三八万四七二八円でこれに対する法人税額が二八二万一三〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(昭和五八年押第四九号の1)を提出し、そのまま法定納期限を従過させ、もって不正の行為により同社の右事業年度における正規の法人税額一三八六万七三〇〇円と右申告税額との差額一一〇四万六〇〇〇円(別紙(四)税額計算書参照)を免れ
第二 昭和五四年七月二一日から同五五年七月二〇日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が三六六五万〇四九九円(別紙(二)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、確定申告書提出期限の延長処分による申告書提出期限内である同五五年一〇月二日、前記葛飾税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が一〇二四万四五八七円でこれに対する法人税額が二九九万一七〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の2)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同社の右事業年度における正規の法人税額一三五四万二三〇〇円と右申告税額との差額一〇五五万〇六〇〇円(別紙(四)税額計算書参照)を免れ
第三 昭和五五年七月二一日から同五六年七月二〇日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が六三八六万二二九八円(別紙(三)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、確定申告書提出期限の延長処分による申告書提出期限内である同五六年一〇月三日、前記葛飾税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が三二九万一一六二円でこれに対する法人税額が六四万八八〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の3)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同社の右事業年度における正規の法人税額二五五二万三五〇〇円と右申告税額との差額二四八七万四七〇〇円(別紙(四)税額計算書参照)を免れ
たものである。
(証拠の標目)
判示事実全般につき
一 被告人兼被告会社代表者の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する供述調書四通
一 中村道子、中里典子、秋葉仁、田島定夫の検察官に対する供述調書
一 被告会社代表者作成の昭和五七年七月八日付申述書
一 登記官作成の商業登記簿謄本
一 押収してある申告期限の延長の特例の申請書一袋(昭和五八年押第四九号の4)
判示各事実ことに過少申告の事実及び別紙(一)、(二)、(三)修正損益計算書中の各公表金額欄記載の内容につき
一 押収してある法人税確定申告書三袋(同押号の1ないし3)
判示各事実ことに別紙(一)、(二)、(三)修正損益計算書の各当期増減金額欄記載の内容につき
一 収税官吏作成の売上調査書(右修正損益計算書(一)ないし(三)の勘定科目中の各<1>。以下調査書はいずれも収税官吏の作成したもの)
一 仕入商品調査書(同(三)の<3>)
一 給料手当調査書(同(一)ないし(三)の各<6>)
一 販売手数料調査書(同(一)の<19>、同(二)の<18>、同(三)の<19>)
一 公租公課(同(一)の<22>、同(二)の<21>、同(三)の<22>)
一 退職金調査書(同(三)の<30>)
一 受取利息調査書(同(一)の<32>、同(二)の<31>、同(三)の<33>)
一 有価証券売却益調査書(同(三)の<35>)
一 葛飾税務署長作成の証明書(同(一)の<42>、<44>、同(二)の<43>ないし<45>、同(三)の<49>)
一 価格変動準備金繰入調査書(同(一)の<42>、同(二)の<43>)
一 価格変動準備金繰入超過額認容調査書(同(二)の<44>)
一 価格変動準備金の積立超過額調査書(同(一)の<44>、同(二)の<45>、同(三)の<49>)
一 事業税認定損調査書(同(一)の<45>)
一 検察事務官作成の捜査報告書(同(二)の<46>、同(三)の<51>)
(争点に対する判断)
弁護人は、被告会社の昭和五六年七月期の所得算出に関し、別紙(三)修正損益計算書の勘定科目中<30>退職金の額は認定の二〇〇万円ではなく八〇〇万円とすべき旨主張し、右差額六〇〇万円(以下「本件退職金」という。)は中里菊代の取締役退任に対する退職給与であって、これが真実支給されたものであるという。
この点につき、被告人は、捜査段階において、本件退職金が架空のものであると認めてはいたものの、その後、当公判廷において供述を変え、本件退職金は真実同女に支給されたものである旨供述しているところ、当裁判所は、以下に述べる理由により、被告人の右捜査段階における供述は関係証拠とも対比し措信することができ、本件退職金は架空のものであると判断するものである。
一 すなわち、まず、この点に関する事実関係をみるに、関係証拠を総合すると次のとおり認めることができる。
1 中里菊代は、被告人の義母であるところ、その職務遂行の状況は、被告人の当公判廷における供述によっても、被告人は、同女の貢献として、夜間商用で架かってくる電話の取次ぎをし、あるいは店の片付けの手伝いをしたほか、被告人らとのよもやま話の際に衣料品の流行についての所感等を述べたことがあったという程度のことを挙げるにとどまり、また、被告人夫妻が被告会社の業務に専念できるよう、留守番をして子供の面倒をみていたというような点を挙げているが、これら同女の被告会社に対する貢献なるものも、いわば経営者の家族としての内助の功の程度を多く出ていないものと認められるうえ、これらの仕事とても取締役退任の一年ほど前から病気がちのためしていなかったというのである。また、被告会社は、取締役会すら現実には開いていない状況にあり、同女が取締役たる地位に伴う役務を行い、又は責任を果たしてきた形跡もない。その他、同女が本件退職金に見合う事務処理をしたことを窺わせるような形跡はない。
2 ところで、被告会社は、設立後間もないこともあって、同社には取締役退任に対する退職金の支給基準のごときも、その慣行もなかった。一方昭和五一年八月の被告会社設立以来同女とともに取締役の地位にあり同五六年五月ともに辞任した被告人の妻中村道子の退職金額は二〇〇万円に過ぎなかった。同女は中里菊代の場合と異なり被告会社の販売等の業務に現実に従事していたにもかかわらず、役員報酬月額の退職金に対する倍率(功績倍率)は約六・六であるのに対し、中里菊代のそれは四〇という高率に上っている。なお、昭和五六年七月期には、同五二年九月から同五六年四月まで勤務したように仮装した被告人の義弟秋葉仁に対し一〇〇万円の架空退職金が支給されているが、同人の前記倍率は約五・四にとどまっている。
3 また、本件退職金の支出がなかったと仮定した際の被告会社の公表所得金額は九二九万円余に上り、本件退職金額はその六四パーセント強を占めることや、本件退職金額は被告人が試算表を参考に節税を考えて決定した旨供述していること等を併せると、右損金計上は利益処分的色彩すらあるものと認められる。
4 本件退職金額に相当する金員の支払ないし管理の状況をみると、被告人は、右金員を生計を異にする中里菊代に直接手交しておらず、かえって妻の中村道子に対し、右金員と同女に対する退職金額を合せた金員を手交しているのみならず、本件退職金を支払ったことにした旨を中里菊代に話したこともないというのである。また、本件退職金相当額は中里菊代名義の普通預金として被告人の妻が預け入れていたところ、右の預金通帳は昭和五七年一月二九日に被告会社事務署内の被告人の机から発見されている。
5 更に、被告人は、本件査察後、国税当局により本件退職金が架空のものであるとの疑惑を持たれていることを承知しながら、従前からの関与税理士とも打合せのうえ、国税当局の勧奨をそのまま受け、本件退職金分を昭和五六年七月期の経費に含めない等所要の是正をした修正申告を自主的に行うに至っている。
二 以上のとおりであって、中里菊代は、被告会社の取締役としてその職務を果たした事績は特段のものを窺うことができないところ、本件退職金は、前示のとおり、同期間役員を務め被告会社に貢献したと認められる中村道子の退職金の三倍、功績倍率にして六倍という顕著な不均衡を示しており、右が権衡を失しないという特段の事情が認められないこと(なお、この点に関する被告人の弁疎は、後記のとおり採用できない。)、中村道子の退職金の額は、その果たしてきた職務内容、功績倍率、金額等からみて格別不当なものではなく、むしろ秋葉仁の退職金額、仮装勤務期間と功績倍率とも対比し正当と認められること(秋葉はもとより被告会社の役員ではないが、退職金の支給基準ないし支給慣行のない被告会社においては、同人と被告人との特殊な関係や、中村道子は取締役といっても従業員と同様の職務にのみ従事していたこと等に徴すると、右対比も許容されるものと考える。)等を考慮すると、本件退職金の金額が過大であることは少なくとも明らかである。そして、このことに加え、前示のとおり、本件退職金の損金計上が利益処分的色彩すらあると認められること、本件退職金相当額の前示支払ないし管理の状況を併せ対比すれば、被告人の捜査段階における前記供述は措信することができ、それゆえ、本件退職金は架空のものというべきである。
もっとも、被告人は、当公判廷において、所論に沿う供述をし、中村道子と中里菊代の退職金額の相違が権衡を失しない特段の事情があるとして、右決定に当たっては、関与税理士の助言もあり、取締役退任を機に被告会社から完全に身を引く中里菊代には通常の額を支給することとし、今後も一従業員として被告会社に勤務する中村道子については将来の従業員退職の際の退職金を多くすることとして役員退職金を特に減額した旨を当公判廷において供述し、証人田島定夫(関与税理士)も右に沿う証言をしている。しかしながら、中村道子に対する退職金額が特に低額といえないことは、前示のとおりである。しかも、関係証拠によると、被告会社は同族会社であり、持株割合からして同女は取締役退任前において税法上使用人兼務役員として賞与等の損金算入が認められないものであるうえ、右当時役員報酬ないし給料の支給の面においても使用人兼務役員としての取扱いもされていなかったと認められるから、結局、同女は、被告会社内では取締役退任前は役員たる地位のみ、退任後は一使用人として取扱いを受けていたのであって、そうであれば、このような取扱いをする一方、同女の退職金の算定に関してのみ前記供述のような取扱いにすることは、いかにも唐突・不自然の感を免れない(仮に、被告人の前記供述のとおり同女に対する退職金額が同女の被告会社に対する役員としての寄与分のみを考慮して二〇〇万円と決定されたとしても、本件退職金額六〇〇万円は中里菊代の前示仕事の内容と対比すると到底合理性を欠く高額であることは多言を要しないのであり、これと本件退職金相当額の前示支払ないし管理の状況を併せると、このことは、むしろ同女に対する退職金支給自体にも疑義があるとして、前示認定判断を補強することともなりかねないのである。)。更に、被告人は、当公判廷において、「通常の額」たる本件退職金の算定は在任期間五年間の一年当たり一〇〇万円の計五〇〇万円に一〇〇万円を加算して算出し、中村道子の分はこれを減額した旨の供述をするのであるが、同人は、この点に関し、検察官に対する供述調書において、右の額は適当に決めたもので根拠はない旨明言しているのであり、これと対比すれば、右公判供述は、にわかに措信し難いところというべきである。また、被告人は、当公判廷において、本件退職金相当額を預け入れた中里菊代名義の普通預金通帳は被告会社の受取手形と支払手形の期日が月末に重なるため生じる過振り解消の資金のため昭和五七年一月に一回だけ利用しようとした旨の供述をするが、同人は、従前査察官に対し右通帳は給料支払のため利用した旨供述しているのであり、利用目的に関する右の供述の変遷は、公判供述の信用性を減殺させるもの、あるいは右通帳の管理、支配状況に関する被告人の弁疎を疑わしめるものと考えられる。そのほか、被告人は、右預金の現在の管理状況さえ不明であると供述するのであって、以上によると、前記捜査段階における供述と異なる右公判供述に信を措くことは到底できず、これをもって前示認定判断を動かすことはできない。
なお、関係証拠によれば、被告会社において昭和五六年五月三〇日に中里菊代及び中村道子に対し退職金として、それぞれ六〇〇万円と二〇〇万円支給することを臨時株主総会で決議した旨の議事録が作成されていることが認められるものの、右作成に至る経緯をみると、関係証拠ことに証人田島定夫の証言によれば、退職金として損金計上したい旨の被告人の意向を受けた同証人が、退職金額を空欄にした議事録を適宜作成して手続書類を準備したところ、後に右金額が空欄に記載されたものと認められるから、右の記載をもって直ちに真実株主総会が開かれた結果本件退職金が支給されるに至ったと認めることはできず、右事実も前示認定判断の妨げとはならない。
その他、所論の挙げる諸事情、本件全証拠を参酌しても、右認定判断を覆すことはできない。所論は採用できない。
(法令の適用)
一 罰条
1 被告会社
判示第一、第二の所為につき、昭和五六年法律第五四号による改正前の法人税法一六四条一項、一五九条一、二項。判示第三の所為はつき、右改正後の法人税法一六四条一項、一五九条一、二項
2 被告人
判示第一、第二の所為につき、行為時において右改正前の法人税法一五九条一項、裁判時において右改正後の法人税法一五九条一項(刑法六条一〇条により、軽い行為時法の刑による。)。判示第三の所為につき、右改正後の法人税法一五九条一項
二 刑種の選択
被告人につき、各懲役刑選択
三 併合罪の処理
1 被告会社
刑法四五条前段、四八条二項
2 被告人
刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(最も重い判示第三の罪の刑に加重)
四 刑の執行猶予
被告人につき、刑法二五条一項
(求刑 被告会社罰金一五〇〇万円、被告人懲役一〇月)
よって、主文のとおり判決する。
出席検察官 神宮壽雄
弁護人 大森実厚(主任)・大森綾子
(裁判官 園部秀穂)
別紙(一) 修正損益計算書
自 昭和53年7月21日
至 昭和54年7月20日
株式会社アミー中村
<省略>
別紙(二) 修正損益計算書
自 昭和54年7月21日
至 昭和55年7月20日
株式会社アミー中村
<省略>
別紙(三) 修正損益計算書
自 昭和55年7月21日
至 昭和56年7月20日
株式会社アミー中村
<省略>
別紙(四)
税額計算書(単位:円)
株式会社アミー中村
(1)自 昭和53年7月21日
至 昭和54年7月20日
<省略>
(2)自 昭和54年7月21日
至 昭和55年7月20日
<省略>
税額計算書(単位:円)
株式会社アミー中村
(3)自 昭和55年7月21日
至 昭和56年7月20日
<省略>